Jason Winters Life Before Cancer
ジェイソン・ウィンターズ卿について – 癌になる前の人生
末期癌と診断される前は、ジェイソン・ウィンターズ卿は豊かで風変りな人生を送っていました。世界中のエキゾチックな国々を旅行したり、水・陸・空を問わず勇敢な旅に出たり、ハリウッドで死をも恐れないスタントをしたりと、ジェイソン卿の人生はまさに息を飲むような冒険の連続だったのです。ここにそれらの驚くべき出来事をいくつか紹介しましょう。
1967
年 – マッケンジー川を下る壮大なカヌーの旅




1968
年 – 熱気球によるカナディアン・ロッキー山脈越え





1969
年 – ヘリウムガス気球による大西洋横断
この歴史的なイベントは「National Geographic」誌に取り上げられ、1978年12月号(Vol, 154、No.6)に掲載された
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イギリス人男性が世界で初めて気球で大西洋を横断するという企画が作られた。満場一致でその白羽の矢が立ったのが、この時既にマスコミから「この男は何にでも挑戦する」と謳われていたジェイソンだった。
ひとりの助手と共に、ジェイソンは巨大な気球をトレイラーに積み込むと、オンタリオ州を横断し、ノバスコシア州のハリファクスまで移動した。彼は大きなトラック一杯のヘリウムガスボンベを出発地点に運んでもらうよう手配していた。空気より軽いヘリウムによって、気球は空を飛ぶのだ。
出発の日がやって来た。何千もの人々がこの壮大な冒険イベントを見ようと集まった。気球はヘリウムガスで一杯になり、風は西向き、もちろんそうでなくてはならないのだが。 そこへひとりの修道女が、出発を待つ二人の男が座っていたボートへ駆け寄り、ジェイソンの手に聖なる十字架をギュッと押しつけて行った。そして、幾千もの歓声の中、気球は空へ向かって浮き上がり、飛び去った。ジェイソンは典型的なゴンドラの代わりに小さなボートを気球に取り付けていた。事実、これによってこの二人のクルーの命が助かることになった。
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その夜遅く、完全なる静寂と暗闇の中を風に乗って漂っていると、エンジンの音が聞こえてきた。1機の飛行機が轟音を立てて彼らの横を過ぎると、回転し、とても眩しいサーチライトで気球を照らし出した。彼らは拡声器で「グッドラック、ジェイソン!」と叫ぶ声を聞き、そして飛行機はどこかへ消えていった。後に彼らはその声の主が、カナダのトルドー首相であったことを知ることになる。首相自らわざわざ飛行機に乗り、彼らにエールを送りに来たのだった。
マルコニ・ラジオを通じて、二人の男たちは世界と連絡を取ることができた。しかし、それも全く突然に、激しい騒音に変わってしまった。ジェイソンが高度計を調べてみると、何と彼らは急速に高度を失っていたのだった。彼らは気球を軽くするためにあらゆる道具を放り投げたが、まだ落下し続けていた。ついに彼らはマルコニ・ラジオを投げ捨てた。すると、少し失速したが、それでも彼らは30フィートの大波の間に墜落してしまった。小さなボートは今にも転覆しそうだったので、すぐさま気球を切り離さなければならなかった。ジェイソンは二万ドルの気球が海を渡って消えていくのを眺めた。きっと彼の気球は今も大西洋のどこかに沈んでいることだろう。
2日後、一切陸地が見えない大海原で船酔いに苦しんでいると、海空共同救助機が、気を引くために黄色い帆を掲げていたジェイソンに気付いてくれた。すぐに彼らを拾うために漁船が手配された。この冒険ミッションは失敗に終わったが、二人の男たちは生き延びることができた。
